プロフィール

ふじたひろき

趣味

  • スキー(大学時代はスキーサークルに所属)
  • 読書(月に少なくとも1冊が目標です!)
  • 映画鑑賞(月に1作品が目標です!)

資格など

  • 少林寺拳法初段
  • 普通自動車運転免許
  • ハングル検定4級
  • TOEIC TEST 900点
  • 日商簿記検定3級

所属など

  • 特定非営利活動法人レインボー・アクション 代表理事・事務局長
  • 特定非営利活動法人若年者自殺予防・対策支援ネットワーク 代表理事
  • メールマガジン「オルタ」編集部
  • 政策学校一新塾 26期生

誕生~幼稚園

1982年(昭和57年)9月30日生まれ

1988年3月 木船幼稚園 卒園

小学生~高校生時代

1995年3月 愛知県蒲郡市立竹島小学校 卒業

1999年3月 愛知県蒲郡市立蒲郡中学校 卒業

2001年3月 愛知県立豊橋南高等学校 卒業

高校受験の勉強のせいか、視力が悪化し近視との診断を受け、メガネをかけ始めました。高校入学と同時にメガネをかけ始めたのですが、見た目の印象がずいぶん真面目に見えたようで、そのため、休み時間などによく宿題や授業のことを聞かれるようになりました。いろんな人に聞かれるので、自分でもわからないところを勉強をするようになり、中学のころと比べて勉強量が徐々に増えていきました。その結果、学年末のテストではかなりの好成績を収め、特に英語では学年で2位でした。

2年に進級し、クラス替えではさらに勉強ができるクラスメイト(1年生の学年末テストで英語が1位だった人)と出会い、定期テストや期末テストなど、あらゆる試験の機会で競争をするようになりました。おかげさまでさらにしっかり予習・復習をするようになり、まさに切磋琢磨の毎日でした。学年で1位をとったときもありました。また、クラス内で他のクラスメイトを巻き込むような形で切磋琢磨の輪が広がり、勉強をがんばる好循環が生まれていく感覚がありました。

南高校では「補講」と言って、始業前の朝の時間帯や授業が終わった夕方の時間帯、また夏休みなどの長期休暇などに、希望者に対して、通常の授業とは別の教材による授業がありました。高校には自宅から1時間以上かけて通っていましたので、7時半から始まる朝の補講に出ようと思うと、地元の駅の始発の電車(6:07発)に乗らなくてはならず、本当に大変だったのですが、おかげさまで勉強量が格段に増えて、

また、高校時代は担任ではなかった先生からも、勉強のアドバイスをいただいたこともよく覚えています。例えば、数学の先生からは「日本史の勉強には、マンガで描かれた日本の歴史を読むとよい」と教わり、さっそく地元の図書館で石ノ森章太郎によるマンガ日本の歴史を順番に借りて、全巻読み通しました。また、古典の代表的な作品もマンガ版があり、だいたいの作品については読み通しました。おかげで文章や限られた史料でしか把握できなかった歴史の流れが、すべて絵となって頭の中に入って、いっそう記憶が整理され、年号とともにマンガのキャラクターが思い出されるようになりました。

3年生でも勉強の好循環は続きましたが、担任の先生からは大学に入った後の準備として、受験の勉強とは別に、岩波新書を使った「自主ゼミ」のような時間を作っていただきました。テキストは樋口陽一「憲法と国家」。第一志望は法学部と決めており、担任の先生も法学部だったので、大学の授業を先取りするようなかたちで教えていただきました。

大学受験は不安なことばかりでしたが、3年間の先生方のご指導のおかげで、また、いっしょに勉強してくれたクラスメイトのみんなのおかげで、第一志望の大学・学部に合格することができました。本当に感謝の思いしかありません。

大学生時代

2001年4月 早稲田大学法学部 入学

大学に入学してからは、できるだけ様々な機会を生かしたいと考えて、興味・関心を持った物事には何でも、手当たり次第に参加していました。自分の学部の授業だけではなく、他の学部の授業を受けたり、いくつものサークルに出入りしたり、大学の行事や講座など、大学で開催されるイベントごとには可能な限り参加するようにしていました。

ジェンダー研究

大学2年のときにたまたま受講した学部横断の授業「ジェンダーと教育」が私の人生を大きく変えるきっかけ。

2004年8月~2005年5月、アメリカ合衆国アイオワ州 Coe Collegeに留学

大学1年のときに、大学が主催する留学の説明会に参加して、「ぜひとも留学したい!」と感じました。ただ、サークルやゼミなど、他のいろいろな大学の関わりを優先した結果、英語の勉強もあまり追いつかず、学部4年のときに留学することとなりました。行き先はアメリカ合衆国アイオワ州。シカゴから車で5時間ぐらいのところで、アイオワ州で2番目に大きなシダーラピッズという都市にある大学でした。

留学先は通っていた日本の大学とは違って、全学生が1,000人程度という小さな私立大学で、いわゆるリベラルアーツの大学でした。また、寮(宿舎)がキャンパス内にあり、ほとんどの学生は寮でルームメイトと生活していました。私も前半はシカゴ出身のルームメイトと、後半はカンザス州出身のルームメイトとごいっしょさせてもらいました。

*リベラルアーツとは教養教育に主眼を置いた4年制の大学。

留学期間はとにかく大変だった!ということに尽きます。英語が決して十分とは言えない中、現地の学生に混じって、膨大な量の宿題と予習をこなして、ディスカッションが主体の授業に臨む毎日。。。深夜まで図書館で過ごすのは当たり前でしたし、パソコン室で朝を迎えることも少なくなかったです。国際政治の授業では、授業のまとめとしてロールプレイング形式の発表を分担して担当しましたが、原稿を持つ手が震えるほどで、もう本当に後にも先にもこの発表のときほど緊張したことはありませんでした。

4年に1回の大統領選挙がある年だったり、日本の大学と同じようにイベントやサークルに参加したり、また、日本の大学では受けられないような「合唱」の授業(音楽学部のある大学でした)や「性科学」の授業を受けたり、「宗教」の授業を受けたり(とても難解なテキストを読み、テスト前は徹夜で勉強しましたが、内容はすっかり忘れてしまいました・・・)、文字通り、本当にいろいろな貴重な経験をさせてもらうことができました。

奨学金

大学2年のときから、奨学金をいただくことになりました。おかげさまで、実家からの仕送りをもらうことなく、また、妹2人も希望通り進学させてもらうことができました。

ただ、卒業時までに返済額は300万円近い額となり、現在も返済を続けています。が、最近の学生さんたちの状況と比べれば、まだまだ低い金額であることにも驚きを禁じ得ません。経済的な理由によって、未来の可能性が制限されるような社会は間違っていると思います。

2007年3月 早稲田大学法学部 卒業

会社員時代

2007年4月~2011年2月アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(現メットライフ生命保険株式会社)

政治活動

2011年5月~2016年10月 北区議会議員 赤江なつ 政策スタッフ

2012年2月~2016年10月 特定非営利活動法人わくわくかん 職員

2016年2月~2016年7月 元参議院議員 大河原まさこ スタッフ